BORIS BIDJAN SABERI、26SSコレクションを最後に運営休止へ:アバンギャルドの巨星が見据える「変革」とその軌跡

2025-05-29

BORIS BIDJAN SABERI - イメージ

2008年の設立以来、ボリス・ビジャン・サベリはそのストイックな美学、素材への執拗な探求、そして身体と衣服の関係性を問う哲学的なアプローチで、世界中の熱狂的なファンを魅了し続けてきました。
しかし、2025年5月下旬、ブランドは「増大する製造上の困難」を理由に、現行体制での運営休止を発表。
この決断は、単に一つのブランドの終わりを意味するのではなく、独立系アバンギャルドブランドが直面する現代ファッション産業の構造的課題と、その中での創造性のあり方を問い直す契機とも言えます。

本記事では、ブランドの黎明期から現在に至るまでの歴史、デザイナー自身の経歴、そして「第二の皮膚」とも評される作品群を生み出してきた特異なデザイン哲学とブランドの特徴を紐解きます。
また、代表的なアイテムやコラボレーションを通じて、BBSがファッションシーンに刻んできた功績を振り返り、最後に、デザイナーが語る「変革」が何を意味し、アバンギャルドファッションの未来にどのような一石を投じるのかを展望します。

BORIS BIDJAN SABERIという稀有なブランドの本質的価値とその衝撃的な運営休止が持つ意味を深く理解し、読者が今後の動向に注目して頂ければ幸いです。

目次

I. 衝撃の発表:BORIS BIDJAN SABERI、26SSをもって運営休止

BORIS BIDJAN SABERI - I. 衝撃の発表:BORIS BIDJAN SABERI、26SSをもって運営休止 1-01

2008年、ドイツ生まれペルシャ系のデザイナー、ボリス・ビジャン・サベリ氏によって設立された前衛的なファッションブランド「BORIS BIDJAN SABERI」が、2026年春夏コレクションの発表を最後に、ブランド運営を休止するというニュースは、ファッション業界、特にアバンギャルドやアルチザン系のコミュニティに大きな衝撃とともに広まりました。
この衝撃は、単に一つのブランドが市場から姿を消すということ以上の意味合いを含んでいます。BORIS BIDJAN SABERIは、その妥協のないクリエイションと実験的なアプローチにより、単なる衣服を超えた「着用可能なアート」あるいは「現代都市生活者のための鎧」とまで評され、世界中にカルト的なフォロワーを持つブランドとしての地位を確立してきました。
素材への深い探求心、身体の動きを計算し尽くした革新的なテーラリング、そして一貫したモノクロームを基調とする研ぎ澄まされた色彩感覚は、ブランドの揺るぎないシグネチャーとして認知されています。

このような独自のポジションを築き上げてきたブランドが、2025年5月下旬に突如として運営休止を発表したことは、シーンにとって予期せぬ重大な出来事として受け止められました。
一部の海外メディアでは、このニュースが業界に与えた影響を「衝撃波 (shockwave)」という言葉で表現するほど、その余波は大きなものでした。
長年にわたり、独自のペースでコレクションを発表し、商業主義とは一線を画した孤高のスタンスを貫いてきたBORIS BIDJAN SABERIの休止は、今後のアバンギャルドファッションシーンの動向にも少なからず影響を与える可能性があります。

II. 運営休止の背景:公式発表と「製造上の困難」の深層

BORIS BIDJAN SABERI - II. 運営休止の背景:公式発表と「製造上の困難」の深層 2-01

ブランド側が運営休止の主な理由として公式に挙げているのは、「増大する製造上の困難 (increasing manufacturing difficulties)」です。
発表された声明によれば、この困難により、「現在の状況および体制下で、また生産拠点を移転することなくしては、ブランドのプロジェクトの基盤であり続けてきた品質、誠実さ、そして一貫性の基準を維持しながら事業を継続することが不可能になった」と説明されています。
この声明の中で特に注目すべきは、「生産拠点を移転せずに (without relocating production)」という一節です。
これは、コスト削減を目的とした安易な生産拠点の海外移転といった選択肢を採らず、ブランドのアイデンティティの根幹である品質やスペイン・バルセロナの自社アトリエでの職人技へのこだわりを最後まで守ろうとした、サベリ氏の確固たるプロフェッショナリズムと倫理観を示唆しています。

過去のインタビューにおいても、サベリ氏は自身の作品を「スローフード」に例え、マーケティング主導のビジネスではなく、卓越した技術、厳選された素材、そして革新的なパターンメイキングを追求するアルチザナルな姿勢を強調してきました。
StyleZeitgeistの取材では、高品質な素材の使用、職人への公正な賃金の支払い、そして意図的な限定生産といった、職人的な生産体制へのこだわりと、それを大規模化することへの明確な抵抗感を表明しています。
さらに、「一部の素晴らしい生地工場が廃業してしまった」という、サプライチェーンにおける具体的な問題点にも言及しており、彼が直面していた「製造上の困難」とは、単なるコストの問題以上に、サベリ氏が求める水準の素材調達の難化、専門的な技術を持つ職人の確保の困難さ、そしてバルセロナの工房での生産体制維持そのものが限界に達していたことを意味する可能性が高いと考えられます。

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BORIS BIDJAN SABERIのような独立系アバンギャルドブランドが、巨大なファッションコングロマリットやファストファッションチェーンが市場の大部分を席巻する現代において、高品質なアルチザナル(職人的)生産を維持することの難しさは、業界全体の構造的な課題でもあります。
独立系のニッチブランドは、常に財政的圧力、生産コストの上昇、サプライチェーンの混乱、そして不安定な消費者需要といった複数の厳しい要因に晒されています。
サベリ氏のこの度の決断は、こうした厳しい現実の中で、ブランドの魂とも言えるクリエイティビティや品質を妥協するよりも、現行の運営形態に終止符を打つことを選んだ、極めて芸術的かつ倫理的な選択であったと解釈することができます。
これは、現在のグローバルなファッションエコシステムにおける、真のアルチザナルなラグジュアリーの持続可能性について、改めて深い問いを投げかけるものです。

III. デザイナーの声明:「これは終わりではなく、変革だ」

Boris Bidjan Saberi - III. デザイナーの声明:「これは終わりではなく、変革だ」 3-01

ブランド運営休止という衝撃的な発表と同時に、デザイナーのボリス・ビジャン・サベリ氏は、これが単なる終焉ではないことを強く示唆する声明を発しています。
複数のメディアが報じた彼の言葉は、「この閉鎖は道の終わりではなく、変革です (This closure is not the end of the road, but a transformation)」という力強いメッセージで貫かれています。
さらに、「ボリス・ビジャン・サベリは去ったわけではありません。ボリスのヴィジョン、美学、そして精神は、ブランドの本質を損なうことなく、より大きな探求を可能にする新たな構造のもとで、別の形式、別のフォーマットでこれからも続いていくでしょう」と述べ、創造活動そのものの継続と、将来における新たな展開への明確な意欲を示しています。

この「変革」という言葉の重みは、サベリ氏が過去に示してきたファッションシステムや自身の創作活動に対する深い思索と照らし合わせることで、より一層の理解が深まります。
2020年のヤフーライフスタイルの記事によれば、彼は当時、既存のファッションシステムに馴染めず、デザイナーとしての活動を完全に停止することも考えたと告白しています。
しかし、「自身の仕事はゼロから何かを開発すること、つまり『カルチャーを創造する』ことだ」と再認識し、活動を継続したという経緯があります。
この過去の発言は、今回の「変革」が単なる状況打開のための広報戦略ではなく、より本質的で持続可能な創造的表現方法を真摯に模索する試みであることを裏付けています。

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彼のペルシャとドイツという二つの文化を背景に持つ出自、スケートボードやヒップホップといったストリートカルチャーからの多大な影響、そして完璧さへの飽くなき探求心といった個人的なルーツや哲学は、この「変革」がどのような方向性を持つのかを考察する上で重要な要素となるでしょう。
運営休止という大きな決断を下しながらも、自身の創造的アイデンティティの継続を宣言するその姿勢は、ブランドの熱心な支持者層との繋がりを維持し、自身の持つ文化的資本を保持しながら、次なる活動形態を再構築するための戦略的な動きとも捉えることができます。

IV. ブランドの軌跡:アバンギャルドの探求者、ボリス・ビジャン・サベリの歴史

BORIS BIDJAN SABERI - IV. ブランドの軌跡:アバンギャルドの探求者、ボリス・ビジャン・サベリの歴史 4-01

ボリス・ビジャン・サベリの独創的なクリエイションは、彼の複雑な文化的背景と早期の環境に深く根ざしています。
オーストリア国境に近い南ドイツのバイエルン地方で育った彼は、ドイツ人の母とペルシャ(イラン)人の父を持ち、この西洋と中東の伝統からなる「二重システム」は、後に彼のデザイン哲学と美的感覚を形成する上での中心的枠組みとなりました。
彼の両親は共にファッション業界に深く関わっており、繊維製造からデザイン、生産に至るまで、ファッションのライフサイクル全体に触れる環境で育ちました。
この幼少期からの業界への親密な接触は、サベリ氏に素材や衣服の構造に対するほとんど生得的とも言える深い理解を与えたと言えるでしょう。

サベリ氏自身が語るように、彼のファッションへの道は12歳頃から有機的に始まり、「自分の服を再考し、作り直す」ようになったといいます。
スケートボードに適した機能性を求めるなど、実用的な必要性から生まれた初期の創作活動は、彼を「原始的なデザイナー」と自称させる所以であり、その後のアヴァンギャルドな探求を具体的な目的意識に根差したものにしました。
スペインのバルセロナでファッションデザインの正規教育を受け、2006年に優秀な成績で卒業。その後、2005年頃からの準備期間を経て、2007年から自身の名を冠したレーベルの活動を開始し、2008年に正式に「BORIS BIDJAN SABERI」を設立しました。
卒業からわずかな期間での独立したブランド立ち上げは、彼の持つ確固たる自信と、既に高度に形成されていた創造的ビジョンを物語っています。

ブランド設立当初、サベリ氏はStyleZeitgeistのようなオンラインフォーラムを通じて情報を共有し、店舗にはPDF形式のルックブックをメールで送るという、現代から見ればアナログな手法でコミュニケーションを取っていました。
特筆すべきは、当初からEコマースに対しては慎重な姿勢を貫いていた点です。衣服の持つ質感や匂い、そして何よりも職人技のニュアンスをデジタルで完全に伝えることの難しさを理由に挙げており、これは彼の作品が持つ触覚的な価値やアルチザナルな側面を重視する哲学の表れと言えます。

BORIS BIDJAN SABERI - IV. ブランドの軌跡:アバンギャルドの探求者、ボリス・ビジャン・サベリの歴史 4-01

ブランドの進化において重要なマイルストーンとなったのが、2013年にローンチされたセカンドライン「11 by Boris Bidjan Saberi」です。
このラインは、メインラインの実験的な精神を継承しつつも、よりストリートウェアやスポーティな要素を色濃く反映し、比較的手頃な価格帯で展開されました。
スケートボード、音楽、山々といったサベリ氏の個人的なパッションからインスピレーションを得ており、「日常生活のニーズ」に応えることを目指しています。
生産はバルセロナの古い衣料品工場で行われ、メインライン同様、ビニール、ワックス、オイルといった革新的な素材や独自の染色技術が積極的に用いられました。特に、フランスのアウトドアスポーツ用品ブランド「Salomon(サロモン)」との継続的なコラボレーションスニーカーは、このラインを象徴するアイテムとして大きな成功を収め、アバンギャルドファッションと高機能ストリートウェアの融合という新たな地平を切り開きました。

BORIS BIDJAN SABERIのコレクションは、シーズンごとに明確なテーマ性を持ち、しばしば挑発的とも取れるタイトルが付けられてきました。
例えば、Spring/Summer 08「NET 3X3」、Autumn/Winter 11「BLOOD」、Spring/Summer 13「CLASSICISM」、Autumn/Winter 14「STRUCTURISM」、Spring/Summer 17「POST HUMANISM」、Autumn/Winter 18「PAGANISM」、Spring/Summer 19「BRUTALISM」、Autumn/Winter 20「TECHNO-PUNK」、Spring/Summer 22「GHOST TOWN」などがその代表例です。
これらのコレクションは、中東の伝統的な衣服の要素と西洋的なテーラリング、ヒップホップやパンク、スケートボードといったストリートカルチャーのエネルギーを見事に融合させ、常に進化し続けるブランドの世界観を提示してきました。

ブランドは約30人の従業員を擁し、その製品のほぼ全てをスペイン・バルセロナに構える自社アトリエで生産しています。このアトリエは、単なる生産拠点ではなく、彼の複雑な哲学や美学を具現化するための実験室、まさに「錬金術師の研究室」として機能してきました。
サベリ氏の作品は、そのアヴァンギャルドな性質、陰鬱でありながらも力強い雰囲気、そして洗練された「だらしなさ(ドイツ語でSchlampigkeit)」とも評される独特のスタイルから、アン・ドゥムルメステールやリック・オウエンスといった他のダークファッションの巨匠たちと比較されることもあります。
その影響力は広く認められ、2017年にはアメリカのファッション・カルチャーメディアHypebeastが選出する「HB100」(その年に業界で最も影響力のあるクリエイター100人)の一人に選ばれました。
ブランド設立から11年後には、バルセロナの080 Barcelona Fashionウィークにおいて「Retrospective of 11 years of work of Boris Bidjan Saberi」と題したランウェイショーを開催し、これまでの11年間の作品群を振り返るという、ブランドの歩みを象徴するイベントも行っています。
数字「11」はデザイナー自身の誕生日(9月11日)に由来し、ブランドにとって特別な意味を持つモチーフとして、様々な形で繰り返し用いられています。

V. デザイナー、ボリス・ビジャン・サベリの肖像

Boris Bidjan Saberi - V. デザイナー、ボリス・ビジャン・サベリの肖像 5-01

ボリス・ビジャン・サベリというデザイナーを理解するためには、彼の持つ二重の文化的遺産と、そこから育まれた独自の価値観に目を向ける必要があります。
ドイツ人の母とペルシャ(イラン)人の父の間に生まれた彼は、幼少期から西洋と中東という二つの異なる文化圏の価値観や美意識に触れながら成長しました。この「二重システム」は、彼のアイデンティティの核を成し、後のクリエイションにおける絶え間ないインスピレーションの源泉となります。
伝統的な手仕事への敬意と、ストリートから生まれる生のエネルギー、静謐なミニマリズムと、時に荒々しいまでの素材の表情。これら一見相反する要素の融合は、サベリのデザインにおける最大の特徴の一つです。

彼の両親がファッション業界に従事していたという事実は、彼がこの世界へ足を踏み入れる上で大きな影響を与えました。
繊維製造、デザイン、そして生産という、衣服が生まれるまでの全工程を間近で見てきた経験は、彼に素材や製法に対する深い知識と、ほとんど直感的とも言える鋭敏な感覚を養わせました。
サベリ自身が「生地に対する生得的な感受性は両親から受け継いだもの」と語るように、彼の素材へのこだわりは、単なる知識や技術を超えた、本能的な領域にまで達しています。

Boris Bidjan Saberi - V. デザイナー、ボリス・ビジャン・サベリの肖像 5-01

12歳で自身の衣服をカスタマイズし始めたというエピソードは、彼の創造性の原点が、既成の概念にとらわれない自由な発想と、実用的なニーズへの対応にあったことを示しています。
「もし誰かが私に『物事はこうあるべきだ』と言ったら、私はすぐに他の選択肢を探します。なぜなら、誰が本当に物事がどうあるべきかを決定できるのでしょうか?」という彼の言葉は、既存の規範に対する健全な懐疑心と、常に新しい可能性を模索する彼の探求心を如実に表しています。
この姿勢こそが、彼をアバンギャルドという領域へと導いた原動力と言えるでしょう。

スペイン・バルセロナでのファッションデザインの正規教育は、彼の持つ天性の才能に、専門的な技術と知識を加えました。
そして卒業後、彼は確立されたファッションハウスで経験を積むという一般的なルートを選ばず、自身の明確なビジョンを妥協なく追求するために、早々に独立の道を選びます。この決断は、彼の強い意志と、自身のクリエイションに対する揺るぎない自信を物語っています。
彼のアトリエが「産業考古学の遺跡」のような場所に設けられ、「現代的調査のための錬金術師の研究室」と比喩されるのは、彼の創作プロセスが、単なるデザイン作業ではなく、素材と対話し、それを変容させて新たな価値を生み出す、まさに錬金術のような行為であることを象徴しています。

VI. ブランドの特徴:錬金術師の哲学と「第二の皮膚」

BORIS BIDJAN SABERIのクリエイションの核心には、いくつかの重要な哲学的概念と、それを具現化する独自のデザイン的特徴が存在します。
これらを理解することは、ブランドの深遠な世界観と、その衣服が持つ特別な意味を解き明かす鍵となります。

二重性の融合と「第二の皮膚」という哲学

BORIS BIDJAN SABERI - 二重性の融合と「第二の皮膚」という哲学 6-01

ブランドの根底に流れる最も重要な概念の一つが「二重性」です。
これは、デザイナー自身のドイツとペルシャという文化的背景を直接反映したものであり、西洋と中東の伝統、ストリートカルチャーと伝統的な手仕事、フォルムとフォルムレスといった、一見対立する要素の意図的な融合を試みるものです。
この対話から生まれる緊張感と調和が、BBSならではの独創的な美学を生み出しています。

そして、この二重性と密接に結びつくのが、「衣服を第二の皮膚として捉える」という哲学です。
サベリにとって衣服は、単に身体を覆うものではなく、着用者に力を与え、保護する「鎧」のような存在であり、身体と一体化し、その一部となるべきものなのです。
この思想は、しばしば用いられる頑丈な素材感、身体の動きを考慮した立体的なカッティング、そして着用者の体温や動きによって経年変化し、馴染んでいく素材の採用に色濃く反映されています。

数秘術「11」の象徴性

BORIS BIDJAN SABERI - 数秘術「11」の象徴性 6-01

数字の「11」は、BORIS BIDJAN SABERIの世界において、強力かつ繰り返し現れる個人的なモチーフであり、ブランドの象徴的なトレードマークとして機能しています。
これはデザイナー自身の誕生日(9月11日)に由来し、セカンドライン「11 by Boris Bidjan Saberi」の名称や、ブランドを代表するユニセックスフレグランス「11」の名前にも用いられています。
この数字の一貫した使用は、単なるマーケティング戦略を超え、ブランドのアイデンティティの深層に織り込まれた真の個人的なエンブレムとしての意味合いを持っています。
それはブランドのミステリアスな物語性を高め、製品の背後にあるデザイナーの哲学やパーソナリティとの繋がりを求めるファンにとって、ある種の難解な魅力を加えています。

素材への執着と「錬金術的」プロセス

BORIS BIDJAN SABERI - 素材への執着と「錬金術的」プロセス 6-01

BORIS BIDJAN SABERIを語る上で欠かせないのが、素材に対する並外れたこだわりと、それを変容させる実験的なプロセスです。
「生地との無限の実験」と称されるように、サベリは素材を操作し、革を特殊な方法で染色し、独自の仕上げを施すために膨大な時間を費やします。彼は既成の生地に満足せず、「独自の生地や革を一から作る」ことすら厭いません。
ホースレザー、カンガルーレザーといったエキゾチックな皮革や、ワックスドコットン、特殊加工されたウール、そして独自に開発したカシミア混紡素材などは、ブランドのシグネチャーマテリアルとして知られています。

染色プロセスにおいても、オブジェクトダイ(製品染め)やアシッドダイ(酸性染め)といった特殊な技法が頻繁に用いられ、独特の色彩の不均一さや深み、ヴィンテージのような風合いを生み出します。
さらに、ビニールコーティング、ニッケルプレス、樹脂染色、エポキシ樹脂エマルジョンの塗布、ボディモールディング(人体に合わせて衣服を成形する)といった多種多様な仕上げやコーティング技術は、素材に予期せぬ表情と触覚的な特性を与えます。
これらのプロセスは、まさに原材料を独自の価値を持つオブジェクトへと変容させる「錬金術」に例えられ、デザイナー「ボリス・ビジャン・サベリ」は「ファッションの錬金術師」とも称されます。

唯一無二のシルエットとデザイン的特徴

BORIS BIDJAN SABERI - 唯一無二のシルエットとデザイン的特徴 6-01

ブランドの美学は、「ダークでエッジー」、「アヴァンギャルドで未来的」、「未来的なミニマリズム」といった言葉で形容されます。しかし、そのミニマリズムは単純さではなく、複雑な思考と技術に裏打ちされた、本質的なフォルムへの削ぎ落としを意味します。
支配的なのは黒を中心としたモノクロームのパレットですが、それは単調ではなく、独自の染色プロセスから生まれる深い紫、焦げた黄土色、カーキグリーン、血のようなオレンジといったニュアンスに富んだ色彩が巧みに用いられ、ダークな世界観に深みを与えています。

アシンメトリーなカッティング、複雑なレイヤリング、そして脱構築的なアプローチは、BBSのシルエットを特徴づける基本的なテクニックです。
伝統的な衣服の構造は解体・再構築され、縫い目は意図的に露出し、プロポーションは大胆に変革されます。
これにより、時に彫刻的とも言える、ダイナミックでジェンダーレスなシルエットが生み出されます。
また、ジャケット内部のキャリングストラップや、衣服の「鎧」としての側面は、実用主義的な要素や「テックウェア」ムーブメントとの関連性も示唆しています。
ストリートウェア、スポーツウェア、そしてハイファッションの要素を高度に融合させるスタイルは、ブランド設立当初から先駆的であり、後に多くのフォロワーを生み出しました。
彼の衣服は、現代の都市を生き抜く「都市の遊牧民」のための、アイデンティティ、回復力、そして自己表現のためのツールとしてデザインされているのです。

VII. BORIS BIDJAN SABERI 代表的アイテム紹介

BORIS BIDJAN SABERIのコレクションは、その哲学と技術が集約された数々のアイコニックなアイテムによって構成されています。
ここでは、ブランドを代表するいくつかのアイテムを紹介します。

Tight Fit Denim Pants (LIGHT DENIM) / P13.D TF FKU10002

BORIS BIDJAN SABERI - Tight Fit Denim Pants (LIGHT DENIM) / P13.D TF FKU10002 - 商品画像 7-01

ブランドのアイコンとも言えるP13モデルのタイトフィットデニムパンツ。品番P13.D TF FKU10002は、特定のデニム素材と加工を示唆しており、LIGHT DENIMのカラーリングはクリーンでありながらも、ブランド特有の立体的なカッティングとディテールによって、一般的なデニムとは一線を画す存在感を放ちます。着用者の身体に沿うように設計されたタイトなシルエットは、BBSの美学を体現しています。

Tight Fit Denim Pants (DIRTY DENIM) / P13.D TF FKU10002 dirty denim

BORIS BIDJAN SABERI - Tight Fit Denim Pants (DIRTY DENIM) / P13.D TF FKU10002 dirty denim - 商品画像 7-02

P13.D TF FKU10002モデルの「DIRTY DENIM」バージョン。その名の通り、意図的に汚し加工やユーズド加工を施し、長年穿き込んだかのような深みと風合いを表現しています。BBSが得意とする退廃的な美しさと、デニムの持つ普遍的な魅力が高次元で融合した一本です。一点一点表情が異なるのもこの加工の特徴です。

Tight Fit Denim Pants (Indigo)/ P13-FKU10002 indigo

BORIS BIDJAN SABERI - Tight Fit Denim Pants (Indigo) / P13-FKU10002 indigo - 商品画像 7-03

P13-FKU10002モデルを、デニムの原点とも言えるインディゴカラーで仕上げた一本。深みのあるインディゴブルーは、穿き込むほどに美しい色落ち(アタリやヒゲ)が期待でき、経年変化を存分に楽しむことができます。BBSのタイトフィットシルエットとインディゴデニムの組み合わせは、アバンギャルドでありながらもクラシックな魅力を併せ持ちます。

Tight Fit Denim Pants (Light Gray)/ P13-FTS10001 light gray

BORIS BIDJAN SABERI - Tight Fit Denim Pants (Light Gray) / P13-FTS10001 light gray - 商品画像 7-04

P13-FTS10001は、特定の素材や加工を示す品番であり、このライトグレーカラーのタイトフィットデニムパンツは、BBSのカラーパレットの中でも比較的明るく、洗練された印象を与えます。モノトーンコーディネートのアクセントとして、あるいは軽やかさを演出したい場合に最適な選択肢となります。独特の染色や加工により、単なるライトグレーではない深みのある色合いが特徴です。

Tight Fit Denim Pants (Indigo)/ P13-FIF10003 indigo

BORIS BIDJAN SABERI - Tight Fit Denim Pants (Indigo) / P13-FIF10003 indigo - 商品画像 7-05

P13-FIF10003という品番で展開されるインディゴカラーのタイトフィットデニムパンツ。先のFKU10002とは異なるデニム生地や加工が施されている可能性があり、微妙な風合いや色落ちの仕方に違いが見られるかもしれません。BBSでは同じP13モデルでも、シーズンや使用する生地によって多様なバリエーションが存在し、それぞれが独自の魅力を持っています。

Low Crotch Tight Fit Denim Pants (Gray)/ P11-F1939 Gray

BORIS BIDJAN SABERI - Low Crotch Tight Fit Denim Pants (Gray) / P11-F1939 Gray - 商品画像 7-06

P11モデルは、P13と比較して股上が深く(ロークロッチ)、腰回りにゆとりを持たせつつ裾に向かって強くテーパードする独特のシルエットが特徴です。このP11-F1939 Grayは、その特徴的なシルエットをグレーカラーのデニムで表現。リラックス感とモードな緊張感を併せ持ち、着用者の個性を際立たせるアイテムです。

Baggy Pants (DIRTY DENIM)/ P15.1 BF FKU10002 dirty denim

BORIS BIDJAN SABERI - Baggy Pants (DIRTY DENIM) / P15.1 BF FKU10002 dirty denim - 商品画像 7-07

P15.1 BF(バギーフィット)は、その名の通りゆったりとしたバギーシルエットが特徴のパンツです。FKU10002 dirty denimという表記から、P13モデルでも使用されているDIRTY DENIM加工が施されたデニム生地が用いられていることが推測されます。ルーズなシルエットとグランジ感のある加工が、ストリートライクでありながらもBBSならではの退廃美を感じさせます。

Dyed Pants (BLACK)/ P28.4 FIF10012 black

BORIS BIDJAN SABERI - Dyed Pants (BLACK) / P28.4 FIF10012 black - 商品画像 7-08

P28.4 FIF10012は、独自の染色(Dyed)が施されたブラックのパンツ。BBSの染色技術は非常に高度であり、同じブラックでも深み、光沢、質感など、他とは一線を画す表情を生み出します。FIF10012という生地コードは、この染色に適した特殊な素材を示している可能性があります。ミニマルながらも強い存在感を放つ一本です。

Reversible Leather Jacket (Black)/ J1-FMM20009 black

BORIS BIDJAN SABERI - Reversible Leather Jacket (Black) / J1-FMM20009 black - 商品画像 7-09

ブランドの真骨頂とも言えるレザージャケット。J1-FMM20009 blackは、リバーシブル仕様という機能性とデザイン性を兼ね備えた一着です。高品質なレザーを使用し、BBSならではの立体的なカッティングと縫製技術により、身体に吸い付くようなフィット感と美しいシルエットを実現。リバーシブルにすることで異なる表情を楽しめる、まさに「第二の皮膚」を体現するアイテムです。

High Cut Sneakers (Black × White)/ BAMBA3.3

BORIS BIDJAN SABERI - High Cut Sneakers (Black × White) / BAMBA3.3 - 商品画像 7-10

BBSのフットウェアラインで絶大な人気を誇るBAMBAシリーズ。BAMBA3.3はハイカットモデルで、ブラックとホワイトのコントラストが効いた配色が特徴です。テクニカルなソールユニットと、レザーや異素材を組み合わせたアッパーデザインは、モードとストリートを高次元で融合させています。多くはSalomonとのコラボレーションで知られ、デザイン性と機能性を両立しています。

Low Cut Sneakers (Black × White)/ BAMBA2.1

BORIS BIDJAN SABERI - Low Cut Sneakers (Black × White) / BAMBA2.1 - 商品画像 7-11

BAMBA2.1は、BAMBAシリーズのローカットモデル。ハイカット同様、ブラックとホワイトのコントラストがシャープな印象を与え、多様なスタイリングに合わせやすい汎用性も魅力です。アッパーの複雑なカッティングや異素材の組み合わせ、そして高性能なソールは、BBSとSalomonのコラボレーションの象徴とも言えるディテールです。

Low Cut Derby Shoes (White)/ SHOE 1.1

BORIS BIDJAN SABERI - Low Cut Derby Shoes (White) / SHOE 1.1 - 商品画像 7-12

BAMBAシリーズとは異なるアプローチのレザーシューズ、SHOE 1.1。クラシックなダービーシューズをベースにしながらも、BBSらしいミニマルでアバンギャルドな解釈が加えられています。ホワイトカラーは、そのクリーンなフォルムと上質なレザーの質感を際立たせます。フォーマルなシーンからモードなカジュアルスタイルまで対応可能な一足です。

VIII. 最後に:変革の先に灯るアバンギャルドの未来

BORIS BIDJAN SABERI - VIII. 最後に:変革の先に灯るアバンギャルドの未来 8-01

BORIS BIDJAN SABERIのブランド運営休止は、アバンギャルドファッションの一つの重要な時代の区切りを告げる出来事であると言えるでしょう。
約20年近くにわたり、ボリス・ビジャン・サベリはその妥協のない芸術的ビジョンと職人技への献身を通じて、メンズウェア、特にアバンギャルドやアルチザナルの分野に計り知れない影響を与えてきました。ストリートカルチャーと高度な手仕事の融合、独自の素材開発と実験、そして非対称なカッティングや複雑なレイヤードルックといった特徴的な美学は、現代ファッションシーンに消えることのない確かな足跡を残しました。
彼の衣服は、単なるファッションアイテムではなく、着用者に力を与える「鎧」や「第二の皮膚」として、多くの人々に深く愛されてきました。

しかし、デザイナー自身が「これは終わりではなく、変革だ」と繰り返し強調するように、この休止が彼の創造活動の完全な終焉を意味するわけではありません。むしろ、ブランドの核となる哲学や美学を保持したまま、より持続可能で自由度の高い表現方法を模索するための、新たなステージへの移行期間と捉えることができます。
彼が語る「ブランドの本質を損なうことなく、より大きな探求を可能にする新たな構造」が具体的にどのような形を取るのか、現時点では詳細は明らかにされていません。しかし、業界関係者やファンの間では、より小規模で焦点を絞ったカプセルコレクションの展開、他のアーティストやブランドとのアルチザナルなコラボレーションの深化、あるいはデジタルプラットフォームを主軸とした新しいアプローチなど、再構築された形での活動再開が期待されています。
サベリ氏の次なる一手は、独立系デザイナーがグローバルな市場の圧力に適応しつつ、自身の創造的アイデンティティをいかに維持していくかという、現代の大きな課題に対する一つの先例となるかもしれません。

BORIS BIDJAN SABERI - VIII. 最後に:変革の先に灯るアバンギャルドの未来 8-01

今回の決断は、改めて独立系デザイナー、特にアルチザナルな手法を重視するブランドが直面する現代ファッション業界の構造的課題――財政的圧力、サプライチェーンの不安定性、変化する消費者の嗜好など――を浮き彫りにしました。
サベリ氏が直面したこれらの困難は、このニッチな分野で活動する多くの者たちが共有するものであり、彼が模索する「新たな構造」は、業界全体にとって持続可能な創造活動のあり方を探る上での試金石となる可能性があります。

BORIS BIDJAN SABERIのレガシーは、過去に発表された数々のコレクションだけでなく、彼がこれから示すであろう「変革」の道のりそのものによっても形作られていくでしょう。
その歩みは、アバンギャルドファッションという特異な領域が、急速に変化し続ける現代の産業構造の中でいかにして生き残り、そして進化し得るのかを占う上で、極めて重要な示唆を与えてくれるに違いありません。
私たちは、ボリス・ビジャン・サベリという稀有な才能が、次なるステージでどのような創造の光を灯すのか、引き続き深い敬意とともに注目していく必要があります。


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