D.HYGEN デザイナーインタビュー
D.HYGEN 26-27AW|10周年のものづくり
2026年10月6日

デザイナーに、服づくりの考え方や制作の過程を聞くインタビュー。今回は、ブランド設立から10周年を迎えたD.HYGEN(ディーハイゲン)です。
ダークファッションの流行が落ち着いた時期にスタートし、パリでの発表後にはコロナ禍に直面したD.HYGEN。デザイナーの定兼氏に、ブランドを続けるうえで大切にしてきたことを聞きました。
26-27AWは、ロックやパンクといった音楽のルーツを、スタッズ、パッチワーク、レザーの加工に取り入れたコレクションです。10周年を迎えた今のものづくりを、素材や形の具体的な工夫から紹介します。
岡山への拠点移転が制作や立石氏との関係に与えた変化から、パターンによるシルエットの調整、着用後のレザーの変化まで伺いました。(2026年9月3日、オンラインにて)

DESIGNER PROFILE
D.HYGEN / 定兼氏
デザイナーの定兼氏とパタンナーの立石氏が2016年に設立。「STRAINISM(ストレイニズム)=緊張主義」をコンセプトに、ベーシックなスタイルを解体・再構築するブランドです。
レザーとテーラードを軸に、革の開発や仕立て、オリジナル金具の製作まで取り組んでいます。今回のインタビューでは、定兼氏が10周年を迎えたものづくりと、26-27AWの素材や形について語ります。
CONTENTSこの記事の目次

CHAPTER 01
第1部:10周年のコレクションと、立石氏とのものづくり
今年の1月で、ブランドが10周年を迎えられました。10年目のコレクションを作るにあたって、10周年ということをどのくらい意識されましたか。
ものづくりでは、「10周年だから」という特別なテーマやコンセプトは設定していません。ただ、過去のルックを1ヶ月かけてSNSに投稿するなど、10年間の歩みは伝えたいと考えていました。これまでに培った力を、10年目のD.HYGENのコレクションとして見せること。そして、これからの10年、続けられるなら20年先にも期待してもらえる内容にすることは、強く意識しました。
それはどのような思いから来るものですか。
支えてくれた方々への感謝と、自分自身への責任感です。言葉にした以上は実行し、嘘や言い訳をしたくないという思いがあります。サラリーマンを辞めてこの仕事に専念すると決め、共同経営者でありパタンナーの立石とバックパックの旅をして、アトリエを作った準備期間を含めると、実質13年ほどになります。それだけの時間を、このブランドの仕事に使ってきました。
アトリエでの最初の展示会から10年になります。大阪のオーガニックビルでの展示会でお会いしてから、パリへの進出やコロナ禍など、事業を取り巻く環境も変わりました。
はい。私たちのブランドは、ダークファッションの流行が落ち着き、さまざまな表現が出そろった時期に始まりました。当初から難しい状況でしたが、初期からお取り扱いいただいた店舗様の支えもあり、事業を続けながら認知を広げてきました。その後、コロナ前の最後となる「フォレスデッド(森の中をイメージしたコレクション)」を発表してパリに進出しましたが、直後にコロナ禍となりました。
渡航が難しい時期は、どのように活動されていたのでしょうか。
約3年間はパリへ渡航できない厳しい状況でしたが、オンラインを通じて海外の新規顧客との取引が始まりました。コロナ禍が明けてパリでの対面の発表を再開すると、業績も大きく伸びました。直近のシーズンでは、目標としていた海外オーダー30件を超え、国内を合わせて約40件に達しました。
10周年の記念に作られたTシャツには、スタッフロールとして職人の方々やご自身の名前がプリントされています。ここに名前を出すことにはどのような思いがあったのでしょうか。
普段はあまり使わないグラフィック表現で、手の届きやすい価格帯でもブランドの考え方を伝えたいと思いました。クレジットには、私や立石だけでなく、日頃から協力してくれている職人や、パリのショールームのパートナーの名前をプリントしています。事前に、名前を出しても恥ずかしくないものにすると全員へ伝え、確認を取りました。協力してくれている人たちの名前を載せることで、10年目のコレクションに対する責任も明確にしたいと考えました。
デザイナーとしての経歴は公表されないのですね。
デザイナーとしてのプロフィールや経歴を、大々的に公表するつもりは今もありません。経歴を説明するよりも、服を通して自分の考え方や経験が伝わるコレクションにしたいからです。ブランドが自分たちの考えから離れてしまわないように、ものづくりの方向性は自分たちで決めていきたいと考えています。
コロナ禍の最中に活動拠点を岡山へ移転されました。制作や、パートナーである立石氏との関係には、どのような変化がありましたか。
拠点を岡山に移し、大阪に残った立石と離れて仕事をするようになったことは、結果的に大きなプラスになりました。彼は私とは対照的な、理論を重視する研究者のようなタイプです。旅行でも事前に細かく調べ、予定を組む几帳面さがあります。それはパターンにも表れていて、経験と理論をもとに構造を考え、複雑なシルエットを正確に形にする技術があります。20年来の付き合いですが、その技術には今も感心しています。
ご自身とは対照的なアプローチなのですね。
はい。私は直感を重視する方ですが、彼は取扱説明書もよく読むタイプです。対人関係でも、相手の性格を考えたうえで、伝え方を論理的に助言してくれます。D.HYGENを一緒に作るうえで、私の考えをよく理解してくれる大切なパートナーです。性格の違う2人が、それぞれの得意な部分を活かしながら仕事を進めています。
その一方で、発想が大胆なところもあり、私とは違う視点から、ものづくりのヒントを出してくれます。
気心の知れた仲ですが、仕事を通して今も新しい発見があり、一緒に制作することを楽しんでいます。
距離が離れたことで、関係性に変化はありましたか。
以前は意見がぶつかることもあり、大阪にいた最後の時期には、仕事上の行き詰まりから関係が悪くなっていたこともありました。離れて仕事をするようになってから関係が改善し、今では仕事以外の相談もできる関係に戻っています。適度な距離ができたことで、私は確認作業に縛られすぎず、制作に集中できるようになりました。同時に、彼が理論的に検討してくれることで、大胆なデザインも服として成立させられるようになりました。
D.HYGENの複雑な造形を服として成立させるには、立石のパターン技術が欠かせません。私が直感的に考えた形を、彼が理論と経験に基づいて検討し、立体にしていく。その技術が、ブランドのシルエットを支えていると思います。

CHAPTER 02
第2部:音楽のルーツと、シーズンテーマとの向き合い方
今季はシーズンテーマを設けておられません。コレクションはどこから始まりましたか。
ここ数シーズンは、具体的なテーマやコンセプトを大々的には設定していません。以前は、コンセプトを考える楽しさに比重が偏っていた面がありました。コロナ禍を経て、シーズンごとのテーマに頼りすぎず、D.HYGENらしさを深めたいと考えるようになりました。コンセプトがあると、それまでと違うものを作っても、今季のテーマによるものだと説明できてしまいます。そうした説明に頼らず、ブランドとして継続して大切にする部分を考えています。大々的には伝えていませんが、自分の中では毎シーズン、テーマを設けています。
ブランドとして継続して大切にしているのは、どのような要素でしょうか。今季はスタッズやボンテージなど、パンクの要素が強く出ているように感じます。
私の服づくりには、ロック、ハードコア、パンク、メタルといった音楽の好みが強く影響しています。意識して離れようとしても、自然に表れてくるものです。リラックスしたシルエットやカジュアルなアイテムを作るときも、この部分は変えたくありません。流行に合わせるために、自分たちが大切にしてきた音楽性や考え方を変えてしまうと、ブランドへの信用にも関わると考えています。
音楽的な要素がコレクションの随所に表れていますね。
今回の秋冬は、これまでで最もロックやパンクの要素を強く取り入れたコレクションです。各カテゴリーに一点ずつ、その要素がはっきりしたアイテムを入れています。コートにはボンテージ風のベルトを付け、シャツにはセディショナリーズのアナーキーシャツを参考にしたパッチワークを施しました。Tシャツは、80年代のポストパンクやダークウェイブのブートTシャツをイメージしています。
レザーのアウターは、定番のハイネックではなく、シンプルな襟付きのシングルライダースを展開しました。セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスが着ていた「シドジャン」を参考に、今、自分が着たいレザージャケットの形にしています。
スカルの刺繍が施されたグローブも印象的でした。
あのグローブは、表現の加減が難しいアイテムでした。ハーレーに乗る人が使うようなバイク用グローブや、軽い印象になりがちなスカルのモチーフを、細かな陰影と立体感のある仕上がりにしたいと考えました。グラフィックを起こし、影や色の塗り分けを細かく調整しています。ブランドの方向性から離れて、ポップな印象が強くなりすぎないかを、最後まで確かめながら立体加工を施しました。

CHAPTER 03
第3部:「破壊と再生」を形にする生地開発と加工
今季のジャガードは「破壊と再生」のイメージで作られていると伺いました。この言葉の背景を教えてください。
「破壊と再生」は、D.HYGENの基本的な考え方です。ベーシックなメンズ服を大切にしながら、一度分解し、加工や生地の表現を加えて再構築します。イギー・ポップの「サーチ・アンド・デストロイ」と、「ブロークン&フィックスド(破壊と修理)」というパンクの考え方に基づいています。
今シーズンの2つのチェック柄も、この考え方をもとに作りました。1つ目のジャガードは、一宮のテキスタイルデザイナーと共同で開発しています。縦横が90度で交わる規則的な形を組み直し、手で一本ずつ剥がしたように横方向をほつれさせて、柄に歪みを加えました。
インクジェットプリントのチェック柄は、どのような考え方で作られたのでしょうか。
2つ目のインクジェットプリントは、規則的なジャガードとの対比を考え、大きな筆で線を引いたような、チェックの形を崩した表現にしました。水彩画のような淡いムラをベースに、その上に勢いのある線を重ねたイメージで、一点一点、見え方が異なります。お客様が店頭で見たときに、どう作ったのかと関心を持ってもらいたいので、市販の生地を使わず、素材の開発から取り組んでいます。

無撚糸の裏毛のような定番生地も、加工を変えながら展開されていますね。
同じ生地でも加工を変え続けるのは、私自身が新しい表現に取り組みたいからです。無撚糸の裏毛は、強いダメージ加工を施しても、軽く柔らかな着心地を保てるところが特徴です。そのため、キルティングへのダメージ加工やパッチワーク、ショットガンダメージ、肘の横スラッシュなど、さまざまな加工を試せます。
新しいカテゴリーとして作られたフライトジャケットには、コヨーテのファーが使用されています。D.HYGENにとって毛皮とはどのような素材ですか。
アルチザン系ブランドでも扱いが難しい素材ですが、だからこそ独自の使い方を試したいと考えました。コヨーテの毛並みや形を活かし、ボリュームと力強さのある服にしています。顔と尻尾は取り除き、足などの形は残しました。この制作では、身体の不自由な高齢の毛皮職人の方と協働しました。やり取りも制作の楽しみのひとつでした。今シーズンは、ゲイター、フライトジャケット、継続して作っているストール、グローブなどに使っています。毛皮も革の一種として捉え、革の新しい表現方法を探る取り組みでもあります。
レザーの加工は、すべて定兼さんがご自身で行っていると伺いました。
はい。アトリエの奥で、大きな扇風機を回しながら、すべて手作業で加工しています。専用の加工スペースが欲しくなるほど、作業には手間がかかります。今シーズンはレザーグローブ300双、レザージャケット70着の加工があり、量の多さを負担に感じることもあります。ただ、革は一着ごとに状態や加工の反応が異なります。仕上がりを自分で確かめながら進めたいので、他の人に任せず、自分で担当しています。
今後は、どのようなレザーの加工を試したいと考えていますか。
今後は、燃やすような加工を試してみたいと考えています。一方で、10年間一度も作っていない、加工を施さないレザージャケットにも取り組んでみたいです。

CHAPTER 04
第4部:ボリュームのあるシルエットと、全身のバランス
D.HYGENのシルエットには、ひと目でそれと分かる特徴があります。ブランドらしさを保ちながら、どのように形を変えているのでしょうか。
量感があり、力強い印象の服を作りたいと考えています。参考になるのは、バットマンの悪役「ベイン」が着ている毛皮のコートや、昔のドイツ軍のジョッパーズパンツのような形です。ルパン三世の銭形警部が着ているトレンチコートの、裾の広がり方もそうです。襟や裾が大きく広がることで生まれる重厚さを求めています。ただゆったりさせるのではなく、ボリュームを持たせながら、緊張感のある形にしたいと思っています。
ボトムスのバリエーションの豊富さも、ブランドの特徴ですね。
私はアウターとパンツの制作が得意な一方で、ディテールの少ない薄物は苦手なところがあります。全身のバランスや、体型をすっきり見せることは、特に大切にしています。例えば、ワイドなジャケットにはタイトなパンツを合わせる。私たち自身も体型の維持を意識していますが、ボトムスと靴の組み合わせが整うことで、全身の印象もまとまると考えています。
一着の形だけでなく、組み合わせたときのバランスも考えているのですね。
クラストジャケットのルックが、その一例です。全身を細身の服だけでまとめると、ミュージシャンの舞台衣装のような印象が強くなります。そのため、インナーに大きめのプルオーバーニットを入れ、細めのサルエルパンツを合わせました。ルーズなシルエットを部分的に取り入れ、少し力の抜けた印象と服の力強さが両立するよう、全体のバランスを整えています。
コートやミリタリージャケットなど、オーセンティックなアイテムを再構築する際のポイントは何でしょうか。
今シーズン特に苦労したのは、襟の立ち方などを何度も作り直したコートと、ミリタリージャケットです。ミリタリージャケットは、ブランドの中ではパターンの構成がシンプルです。複雑な切り替えに頼れないため、ルーズなシルエットの中で無骨な印象を出すことに、最初の段階から苦労しました。手持ちのジャケットを何着も検証し、形を削ったり足したりしながら、D.HYGENらしいバランスを探りました。
具体的にはどのような試行錯誤があったのでしょうか。
最初は予定していなかった裾のベルトやパラシュートボタンを加えたり、前立てをライダースのようにカーブさせたりしています。短く幅のあるシルエットがだらしなく見えないよう、後ろ身頃の裾にはタックを入れ、丸みを持たせました。構造上の意味がない切り替えを増やすのではなく、オーセンティックなアイテムを、どのようにD.HYGENの形に変えるかを考えました。
以前は、コートは作る楽しさがある一方で、なかなかオーダーにはつながりませんでした。今シーズンは反応が良く、制作で取り組んだことが結果にもつながっています。今後、さらに力を入れたいカテゴリーです。

スタッズを打ち込んだ45万円のレザージャケットについても教えてください。
あれはコレクションの中心となるアイテムで、10年間で培った技術や服づくりに対する姿勢を、最もはっきり表した一着です。採算や効率を優先せず、自分たちの技術を十分に使ったコンセプトアイテムとして作りました。手作業でできることを、できる限り一着に盛り込みたいと考えました。
具体的には、どのような手作業を加えているのでしょうか。
1着に対して400〜700発のスタッズをすべて手打ちしています。袖口や肘下、襟のラペル、レザーの隙間など、すべてのパーツに手作業による加工やパッチを加えました。これまでの加工技術を十分に使いたいと考え、制作自体も楽しんでいます。現在は製品の加工を進めていますが、非常に手間と時間がかかります。その分、一着ずつに愛着があり、手放すのを惜しく感じるほどです。
サンプルを仕上げて生産に入る時期に、私が骨折をしたこともありました。
最後に、服との付き合い方や、今後のブランドの展望について教えてください。
服を買っていただいた後に、どのように着られ、変化していくかにも関心があります。着用を重ねると傷がつき、レザーが身体に馴染んでいきます。破れた部分にはパッチを当て、クラストジャケットのように着続けてもらいたいです。それぞれの服にどのようなシワが入り、身体に馴染んでいくのか。40年後に、すべてのお客様のレザージャケットを見せていただき、一着ずつ確かめたいと思っています。
ブランドを長く続けるために、表現を控えめにするつもりはありません。いつ終わっても後悔しないよう、毎シーズンやりたいことに取り組んでいきたいと考えています。これからも、新鮮さや緊張感を感じてもらえる服を作り続けたいです。

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