CROMAGNON デザイナーインタビュー
未完成の美、その哲学を巡って
DEVOA 西田大介が語る、もう一つの創造の源泉
2025年10月5日
CROMAGNONのルック。モデルがリラックスした雰囲気のコートとパンツを着用している。


DEVOAという確立された世界観を持つブランドがありながら、なぜ西田大介はCROMAGNON(クロマニヨン)を始めたのか。そこには、完成された美しさとは異なる、「未完成」であるがゆえの魅力を見出すデザイナーの哲学が存在した。「DEVOAがホモサピエンスだとしたら、CROMAGNONはその手前の存在」。インタビューでそう語った西田氏の言葉の真意とは。本稿では、アナトミカルという概念から自らを解き放ち、より自由で根源的なものづくりへと向かう、ブランドの核心に迫る。

DEVOA デザイナー 西田大介氏
西田 大介

人体の構造や医療について学んだ後、独学でパターンメイキングを習得。2007年にDEVOA(デヴォア)を設立。自身の経験と解剖学の知識を基に、独自のパターンメイキングを探求。身体にストレスを与えない着心地と、造形的な美しさを両立させたアルチザナルな衣服を制作している。

素材開発から徹底してこだわり抜いたハイクオリティな物作りは、国内外のコアなファッションファンから熱狂的な支持を集めている。

「完成」からの解放。DEVOAとCROMAGNONを隔てるもの

早速ですが、CROMAGNONというブランドの始まりや、DEVOAとの立ち位置の違いについてお聞かせいただけますでしょうか。

CROMAGNONの構想自体は、もう何年も前からありました。DEVOAは長年続けてきたことで、良くも悪くも、お客様の中に非常に強いイメージが確立されていると感じています。例えば、ブランドの代名詞でもある「アナトミカル」という概念ですね。もちろん、作り手としてそれは光栄なことです。しかし、その「DEVOAらしさ」が、時に無意識の「制約」のように感じられる瞬間があったことも事実です。

その「制約」からの解放、というのがCROMAGNONの出発点になったのでしょうか。

はい、その通りです。「DEVOAだったらこうはしない」「DEVOAっぽくない」という無言のルールから完全に自由になりたかった。それがCROMAGNONにおける「解放感」の正体です。DEVOAで培ってきた高度な技術や、ものづくりへの哲学は何も変えません。ただ、それを向ける先の「目的」や「表現の型」だけを完全に取り払う。それこそが、私が考える「真っさらな状態」なのです。

DEVOAで培った技術や哲学はそのままに、それを向ける先を定めない。それが、私にとっての「真っさらな状態」なのです。

ルックイメージ

技術や経験をリセットするのではなく、その使い方を自由にする、ということですね。具体的にはどのような表現に繋がっているのでしょうか。

ええ。ですから、CROMAGNONには「こういう風だ」という決まったイメージがありません。例えばDEVOAにはない「可愛い」や「すごくカジュアル」といった要素も、ごく自然に表現することができます。
しかし、そういった柔らかな表現も、これ見よがしなデザインで見せるわけではありません。非常に手の込んだ仕事をあえて見えないところに隠すという姿勢は、DEVOAと全く同じです。
また、デザインや作るアイテムについても、自分で「これくらいの型数を作らなければならない」といった制約を一切設けていません。
自分を縛るものがない状態で、DEVOAとは違う楽しさ、違う感覚でものづくりに取り組んでいる。それがCROMAGNONだと言えます。

自分を縛るものがない状態で、DEVOAとは違う楽しさ、違う感覚でものづくりに取り組んでいる。それがCROMAGNONだと言えます。
例えば、次のコレクションでは、古着屋に並んでいるようなプリントTシャツを14種類も作るんですよ。
「DEVOAを着ている人が、休日に可愛いTシャツとジーンズを履くような、そういう『隙』があってもいいんじゃないか」って。
そういう遊び心も、CROMAGNONならではですね。

ホモサピエンスの手前にある「未完成の美」

そもそも、CROMAGNON(クロマニヨン)というブランド名には、どのような由来があるのでしょうか。

クロマニヨン人というのは、ホモサピエンスの一つ手前の段階だと言われていますが、実は進化の過程が明確には分かっていない。その曖昧さが面白いと感じたんです。完成されたホモサピエンスの手前にある存在、というところに、ある種の魅力を感じました。私にとって「未完成の美しさ」という感覚が、非常にしっくりきたのです。

「完成」されたものの魅力とは別に、西田さんが「完成の手前」の状態に特に心惹かれるのは、そこにどのような価値を見出しているからなのでしょうか。

ええ。「完成」は、それ以上変化しないということでもありますから。私が「完成の手前」の状態に強く惹かれるのは、そこに無限の「可能性」や、多くを語らない「余白」のようなものを見出しているからです。その感覚を言葉にするならば、それは日本の「侘び寂び」に近いのかもしれません。あるいは、あえて作り込まずに着る人へ最後の仕上げを委ねる「余白」の美学。着用者と共に服が変化していく、その「可能性」を慈しむ心。……そういったものだと言えるかもしれません。

MA-1のルック

私が「完成の手前」の状態に強く惹かれるのは、そこに着る人に委ねる「余白」や、時間と共に変わる「可能性」を見出しているからです。

お話を伺っていると、DEVOAとCROMAGNONは、時間軸の捉え方も違うように感じます。

その通りです。DEVOAは、私自身のパーソナルな考え方や歴史が強く反映された、「過去からの集大成」としてのブランドです。例えば、過去にレスリングを経験したことから生まれたテーピング理論のように、私の人生の足跡そのものが構造に組み込まれている。だからこそ、自分の中では、ある種の「完成形」なのです。それに対してCROMAGNONは、そうした歴史の文脈から一旦自分を切り離し、「『今』この瞬間の感覚」を素直に表現するための器と言えるかもしれません。

DEVOAの核であるアナトミカルという概念を取り払ったことで、具体的に生まれた変化はありますか?

ええ、非常に面白い変化がありました。その要素が無くなっただけで、不思議と女性からの反応が良くなるのです。作っている人間も、生地の作り方も、そして手の込んだ仕事を隠すという姿勢も、何も変わらないにもかかわらず、です。DEVOAが持つ男性的な強さとは違う側面が、そこには自然と表れているのかもしれませんね。

物語る生地たち。偶然の出会いと、揺るがぬ探求の軌跡

今シーズンのコレクションは、一つひとつの生地が非常に印象的でした。まず、この独特の風合いを持つインドの生地について、採用の経緯を教えていただけますか。

これは全くの偶然から始まった話です。ある日、Instagramでインドの生地メーカーから熱心なオファーが届きまして。最初は半信半疑でしたが、どうしてもと言うのでアトリエまで来てもらったのがきっかけです。実際に生地を見たら、手仕事ならではの「温もり」がありました。ただ、彼らの仕事は正直、すごくルーズな部分もある(笑)。それでも、上がってくる生地には日本の機械では出せない、良い意味での不均一さや空気感があった。これは面白いなと思い、実験的にCROMAGNONで使ってみることにしました。

その生地のどのような点が「CROMAGNONらしい」と感じたのでしょうか。

彼らの生地は手織りなので、3mや4mといった短いパネルでしか織れない。生産効率は決して良くありません。でも、だからこそ「ああ、これはクロマニヨンっぽいな」と思ったんです。すごく未完成じゃないですか。でも、そこには確かな美しさがある。ブランドの哲学と、まさに重なる部分でした。

独特のネップ感と温かみのある表情を持つ、インド手織り生地のクローズアップ

だからなんか、クロマニヨンっぽいなと思ったんです。すごく未完成じゃないですか。でも、そこには確かな美しさがある。

一方で、こちらのチェック柄の生地は、DEVOAではあまり見ない柔らかな雰囲気ですね。

そうですね。原料はDEVOAで使っているものと同じなんですが、ボルドーやネイビー、ベージュを組み合わせた、シックで「可愛い」と感じる配色を選びました。DEVOAでは、やはり「可愛い」という表現は意識的に避けていますから。こういう素直な遊び心を取り入れられるのも、CROMAGNONならではの魅力だと思います。

ボルドーやネイビーで構成された、シックなチェック柄のウール生地のディテール

定番のウールギャバジンも、尾州の特別な生地だと伺いました。

ええ。このギャバジンは、80年代から名だたるメゾンブランドの生地を手掛けてきた機屋さんで作ってもらっています。特にこだわっているのは黒の色味で、濃度が最も高い「赤みを帯びた黒」を特注しています。

「赤みを帯びた黒」と表現される、深みのある黒のウールギャバジン生地

そもそも、DEVOAでもCROMAGNONでも、生地メーカーとの間に商社などを挟まず、常に直接やり取りをされているのでしょうか。

はい、私はそれが普通だと思っていますが、どうやら少数派のようですね。ですが、糸を選び、織り方や加工の細部に至るまで自分の考えを反映させるには、作り手と直接対話することが不可欠です。効率やコストだけを考えれば、もっと簡単な方法があるかもしれません。時として、普通に生地を買うより自分で一から手配した方が高くついてしまうことすらある。それでも、自分が本当にやりたいことを実現するためには、この方法しかない。CROMAGNONの自由な発想も、DEVOAの緻密な構築も、すべてはこの揺るぎない姿勢の上に成り立っています。

優しさと抜け感を生む、フラットな思考

CROMAGNONの服には、DEVOAとは明らかに違う、独特の「抜け感」や「優しさ」のような雰囲気があります。これはシルエットやパターンの考え方から来ているのでしょうか。

ええ、意識的にDEVOAとは全く違うアプローチで作っています。CROMAGNONで目指しているのは、着た人がどこか肩の力を抜いて、優しく、そして落ち着いた雰囲気に見えるような服です。例えば、袖のカーブはヴィンテージの服に近い取り方にしたり、ラペルの角度をあえて少し野暮ったくしたり。意図的に「どん臭さ」を残すことで、逆に美しく見えるように作っている部分があります。

その設計思想を、DEVOAと比較すると、どのような違いがあるのでしょうか。

DEVOAのパターンは、実は人体の構造にそのまま合わせているわけではないんです。あれは、昆虫の体幹バランスの考え方を応用しています。

昆虫、ですか。

はい。同じ長さのものでも、目の錯覚で長さが違って見えることがありますよね。DEVOAではその錯覚を利用し、シワの入り方、カーブの角度、肘の位置などを実際の人体からずらすことで、体幹を長く見せるようにパターンを組んでいるのです。私が作るDEVOAのフィギュアを「昆虫ボックス」に入れるのは、そのためです。

リラックスしたシルエットが特徴的なCROMAGNONのジャケットスタイル

DEVOAのパターンは、実は人体の構造ではなく、昆虫の体幹バランスを応用しているんです。CROMAGNONでは、そういった考えは一切やっていません。

その極めて複雑な思想を、CROMAGNONでは完全に排除している、と。

一切、やっていません。CROMAGNONでは、そうした解剖学的な思考の束縛をなくし、もっと自由に、フラットに考えています。例えばパンツは、DEVOAで展開しているクロップドパンツから様々な要素を削ぎ落とし、アジア人が合わせやすい、自分の好きな丈感でシンプルに再構築したものです。

一見すると非常にリラックスして見えますが、その裏には緻密な計算があるのですね。

そうですね。例えばCROMAGNONの服のパターンは、実は巨大な「逆三角形」で作られていたりします。しかし、生地の厚みを調整することで、着用した時にはそのパターン形状が主張しすぎず、ただワイドなだけではない、独特の「薄さ」が生まれる。いかにして「抜け感」を作るか。そのゴールはシンプルですが、そこに至るプロセスは、DEVOAとは違う意味で非常に深く、複雑なのです。

シーズン(季節)からの解放。未来へと続くナンバリング

最後に、CROMAGNONの今後の展望についてお聞かせください。

CROMAGNONは年に一度の発表で、シーズンという概念を設けていません。コレクションは「1, 2, 3...」というナンバリングで続いていきます。これは、シーズン毎のイメージに縛られることなく、常に自由な発想でものづくりを続けたいからです。

普遍性を感じさせる、シンプルながらも存在感のあるCROMAGNONのコートスタイル

今後も、特定のテーマは設けないのでしょうか。

ええ、テーマで縛られたくはないですね。それよりも、今ある形を少しずつ進化させながら、その時々で出会った面白い生地の魅力を伝えていきたい。派手なことはしませんが、いつの時代に着てもシンプルで格好良いと思えるような、そういう普遍的なブランドに育ってくれたら嬉しいですね。常にフラットな精神状態でいられる、自分にとってそういう大切な場所であり続けると思います。

長時間にわたり、大変貴重なお話をありがとうございました。


CROMAGNON(クロマニヨン)の全商品をチェックする

DEVOA 25-26AWコレクションについて

この記事を書いた人
インタビュアー & 編集: 森崎 徹 (FASCINATE)