
作り手の思想にフォーカスを当て、クリエーションの裏側にせまるデザイナーインタビュー企画。
今回は大阪を拠点に活動するD.HYGEN。
最終回となる第5回目は春夏コレクションについて振り返っていただくとともに、コレクション製作時の秘話や現状への思いも語っていただきました。
「STRAINISM」ストレイニズム=緊張主義をコンセプトに掲げ、作り手、着る人にも緊 張感とそこに得られる高揚感を与えるプロダクトをテーマにベーシックなスタイルを解体、再構築。
レザー、テーラードをシグネチャーとし革の開発技術、テーラー技術の繊細で徹底した作りこみ、また鉄製のオリジナル金具の持つインダストリアル工業的な硬く冷たい表情 からも緊張主義を主張する。

21SSコレクションのテーマは[accelerator - アクセラレーター]
こちらはコレクションルックの一枚。
"深夜の高速道路を流れる景色とその時に感じた緊張感"
--- 2021春夏のシーズンテーマが[アクセラレーター]
これはどんなところから着想を得たのですか?
定兼(デザイナー)
このテーマを思いついたのは20-21秋冬の展示会が終わってから、だいたい4月の手前だったと思います。
その時期は作品の生産に入っていくタイミングで、職人さんや工場、生地の産地に行って打ち合わせする機会が多くなるのですが、ある時打ち合わせした時に帰りが遅くなって、深夜だったことがありました。
深夜の高速道路はほとんど車も通っていなくて、その中を自分一人で移動している時に感じた緊張感や暗いところにいるという不安感がきっかけになっています。
--- 確かに夜の暗闇では不安感や焦燥感を感じますね。
定兼
街灯の合間から後ろに流れていく景色トンネルのライティング、夜の凛とした空気などを感じている時に感じた気持ちもあったのと、その時に聞いていた曲名がたまたまアクセラレーターという曲名で、その情景と曲のイメージがマッチしていて、次のテーマはこれにしてみようかと思ったのが始まりでした。
--- そこでテーマが決まったわけですね。
定兼
そうですね。
自分の中ではもうこのテーマで固まっていたので、帰ってからすぐに立石に相談してこのテーマでいくということが決まりました。
それから道路にあるタイヤ痕やざらついたアスファルトの質感、ライティングの雰囲気を落とし込んで反映させたディティールや素材作りが基盤となったコレクションになっています。

自然をテーマにしてきた過去のシーズンとは対照的なコレクションテーマ。
--- 今までは自然にあるものをテーマにしていて今回は人工物という側面が強いテーマですが、対局のテーマを設定したのには何か理由はありますか?
立石(パタンナー)
過去3シーズンは自然の中の緊張感というのを表すシーズンコンセプトで製作してきました。
最初にシーズンテーマを設定してから3シーズンで一つの区切りをつけるという考えで製作していましたので、そういう意味では自然のものは一旦終わりにして、次に、というところもあるのかもしれないです。
ただ、テーマを決めてから製作しているうちに、少しづつ私の中で変化があって、今後は面白いと思ったものがあれば、そういう区切りにはあまりこだわらずにやって行こうとは思っています。
--- 今までは自然にあるものをテーマにしていて今回は人工物という側面が強いテーマですが、対局のテーマを設定したのには何か理由はありますか?
定兼
この21SSコレクションは今までよりもアクティブなイメージのアイテムを意識的に製作しました。
例えばジャケットやパンツも、動きのある印象を与えるようなものであったり、バックパックもそういう意味ではわかりやすいアイテムの一つだと思います。
デザイン自体にもそういうイメージのアイテムが反映されています。
レザージャケットも私たちの中ではライダースジャケットと呼んでいます。
それは例えばバイクでの高速道路を移動するときに着用したり、そういうシーンをパンツなど他のアイテムでも意識しました。
今シーズンに限ったことではないのですが、作品作りにおいてはテーマをいろんな角度から噛み砕いて「どういう手法で作品に落とし込むか」を考えて製作しました。
それとこのテーマにはもう一つ、現状に対する私たちの気持ちも込めています。
アクセラレーター=加速装置という意味なんですが、新型コロナウイルスが世界中に蔓延していて、ネガティブなことが溢れている世の中で、どうしても消極的な気持ちになってしまいそうなこの状況でも、新しい素材やパターン開発など、新しいことへの挑戦を止めないことで、何か現状を打破したいと言いますか、だからこそ止まることなくアクセルを踏み込んでいくような気持ちを持っていたいという思いがあったので、このテーマにはそういう意味も込めてあります。

道路に残るタイヤ痕やアスファルトの汚れなど、複数のモチーフを組み合わせて作ったオリジナルグラフィック。
--- 多角的な視点でテーマを噛み砕いて、とおっしゃっていましたが、踏み込んでいく、という意味では色合いやプリントも新鮮でした。
定兼
そうですね。
ライトグレーなどの明るめの色は今までよりも多く製作していますし、チャコール系も今までより薄いトーンで製作しています。
それと今シーズンはプリントにも挑戦しました。
これまでも生地の加工や織りでは表現してきましたが、基本的に無地のものがほとんどで、あまり柄物、特に色が入った柄ものっていうものはやっていなかったのですが、今期は取り入れています。
--- イメージとしてはどんなものから着想を得たのですか?
定兼
最初にテーマを思いついた時にちょうど高速道路でトンネルの中を走っていて、その時に見えた排気ガスで薄汚れたコンクリートのイメージを表現したくて製作しました。
これはタイヤのスリップ痕だとか、人間に恐怖心を与えるような不安感、トンネルの中のこの薄汚れたコンクリートに横断歩道とかの白線のグラフィックを融合させています。
今まではそういうものはファブリックの質感で表現してきましたが、今期は新しい取り組みとしてプリントで表現しています。
定兼
他には朝方や日中、夕暮れ、夜と1日の中で変わってく風景の中にある色も少し取り入れています。
薄く入れたパープルやオレンジ系の色なんかはそうったところから着想を得ています。
赤みがかった紫っぽいイメージは夕暮れ時、オレンジは朝焼けのイメージなのですが、大々的に使うというよりは、あくまでもアクセント程度にバランスを見ながら使っています。

横糸にかなり太いスラブ横を折り込んでスラブデニム
古くなったアスファルトの表面をイメージ。

コンクリートをイメージしたレザー。
--- 生地での表現で言うと、どんなものがありますか?
定兼
岡山で作ったオリジナルのスラブデニムは、横糸にかなり太いスラブ横を折り込んで、ボコボコしたスラブの太い部分を、柄として出したものが代表的な素材です。
これは古くなったアスファルトの表面をイメージをして製作したのですが、私たちとしても納得のいく仕上がりで、かなり気に入っています。
最初に受けたインスピレーションをうまく表現できたんじゃないかなと思いますね。
これは岡山で作ったのですが、生地のメーカーから素材を紹介していただいて、これを使えばアスファルトのボコボコした表情はを表現できるのでは、ということで、サンプル作成を重ねて製作しました。
私の出身地である岡山で製作したことや、関わってくださる全ての職人さんたちと一緒に新しいものが製作できたので、思い入れもありますし、こういったものを作れたというのは今後に向けた自信にも繋がりました。
--- 春夏ということで、かなり軽い素材も採用されていますね。
定兼
ここ最近、特に春夏は気温の変動が激しくて、ライトアウターを着られる時期も短いですし、あまり重たすぎるものは着なくなっている方も多いと思うので、今までの春夏コレクション以上に来た時の軽さや通気性の良い素材作りを意識したシーズンでした。
例えば、ボンバージャケットで使っているドビーミニマルボーダーの生地はその一つです。
これはドビー織模様をかなり細かいピッチで入れたリネンとキュプラの混紡素材なのですが、ハリとコシがあって、見た目からはそんなに軽い印象は受けないのですが、袖を通すと通気性も良くて軽いことが実感できる生地です。
カーボンコーティングの素材に関しても、かなり薄手のナイロン素材にカーボンコーティングをかけていて素材自体は軽いです。
--- ただ、D.HYGENらしい”重み”は表現されています。
定兼
見た目の重量感や退廃的な雰囲気は私たちが表現したい、かっこいいと思う部分なので、そういうものを作品のどこかに入れることは常にしているつもりです。
コーティングもそうですし、コンクリートレザーも今までで一番明るい中で、これも白線の汚れ方やコンクリートに付着したススの汚れからきています。
レザーは私たちが重要視している素材ですし、その雰囲気をレザーで表現うまくできたなと思いますね。

今回のルック撮影は今までで一番いい出来だと語る。
--- 今回のルックは今までと違う雰囲気で印象的でした。
定兼
今までは私たち自身でルック撮影のイメージを決めていたのですが、今回のルック撮影では外部に人間にディレクションをお願いして撮影しました。
前回のルックは森の中で撮影したのですが、私たちだけでは色々と表現し切れないこともありましたし、表現としても凝り固まっていくことへの危惧もあったので、知り合いのグラフィックデザインをやっている方にお願いしました。
この方には今回作品で使ったグラフィックも担当していただいています。
撮影はとある山奥のダムで夜中にしました。
グラフィックのイメージソースになったを壁の前で撮っているルックもあります。
ここは私が何年か前に行った場所で、いわゆる”走り屋”が多くて、その走り去る車のライトとかも入れられたらかっこいいんじゃないかなと勝手に思っていたので。
ロケハンに行った時から雰囲気がすごく良かったので、いいものができそうだという予感はありましたが、イメージ通りになって良かったです。
--- シーズンテーマを客観的に表現したルックということですね。
定兼
打ち合わせから撮影まで全てがすごく新鮮で楽しかったですし、出来栄えにも満足したものができたと自負しています。
夕方暗くなりきる前の、限定的な時間での撮影だったので、通行する車の光を拾いながら撮影したり、懐中電灯を照らしながらだったり車のライトで調節して照らしたり。
テーラードジャケットのルックは車のライティングでやっています。
ディレクターが考えた構図をそのまま採用したものもありますし、そういう意味ではいい経験ができました。
私たちだけでは考えつかなかった構図など、今回のルックはこれまでよりも深くテーマを表現できたんじゃないかと思います。
毎回モデルをしてくれているエティエンヌも自分のプロモーションで使わせてほしいといってくるくらい気に入ってくれていました。
テーマを決めてからサンプル製作をして、最後はルックを撮影で一つの区切りを迎えると思うのですが、次のシーズンからも作品製作は続いていくので、ルックに関してもストーリー性があって、流れが続いていくような形にできたらと思っています。
常に模索する新しい表現方法。

素材特性とデザインを考慮して新しいパターンを構築。
ブランドとして幅を広げる取り組みとなった。
--- パターンでも新しいことに取り組んでいますか?
立石
テーマ的にもアクティブなイメージが強いので、パターンもそれに合わせていつもよりゆとりを出して、リラックスして着用できるものもいくつかあります。
シャツなどの軽いトップスは特にわかりやすいかもしれません。
それとカーボンコーティングのシリーズもそうですね。
ただ、シルエットはシャープにしたかったので、アクティブのアイテムでも過剰にゆとりを持たせることなく、あくまでも着用した時に感じられる程度にしています。
--- D.HYGENといえば細身のイメージですからね。
今回も新しいパターンを製作しているのですが、やはりベースにあるものやイメージは崩したくないので、今まで継続してきたことへの上積みとして取り組みました。
今まではデザインもシルエットもソリッドなイメージを強く打ち出していたのですが、今回は、見た目のシルエットバランスは今までと同じ印象で、サイズ感はこれまでよりもリラックスしたものにということはパターン製作でかなり意識しました。
単純に大きくしてしまうと全てが変わってしまうので、そうならないようにしながら違うものを作るということを経験できたのは、今後に向けたいい気づきもたくさんありました。
秋冬でもこの経験を活かして製作したアイテムもちらほらあるので、それも楽しみにしていて欲しいですね。

哲学に基づいた範囲内で表現の幅を持たせることは常に模索
今期はシルエットと色表現に明確な違いが生まれている。
--- 「軽さ」がキーワードになっているという感じですが、作りも何か変更を加えたのでしょうか?
定兼
わかりやすいところでいうと、やはりシルエットに少しゆとりを持たせたところです。
素材との関係性を考慮して、今までの雰囲気はしながら少し楽さを実感できるような作りにしています。
それと、わかりにくいところなのですが、例えば春夏のレザージャケットでは可動性を考慮してパーツごとに厚みを変えて、見た目を変えずに動きやすさや軽さを向上させたりもしています。
その点においては、今までのレザーよりも軽く仕上がっています。
テーラードジャケットも軽さを出すこととシルエットにも変化を加えるために、今までのものとは少しパットの付け方などを変えています。
思い描いていたシルエットと着心地に仕上がったのですごく気に入っていて、私たちはテーラードジャケットをシグネチャーと位置付けて製作していますが、今までで一番の傑作じゃないかなと自負しています。
定兼
これは生地の雰囲気も含めて私自身、今期の中で気に入っている作品の一つです。
このリネンのジャカードストライプを使った作品は、柄だけでなく生地の表裏をランダムに使っているのですが、パターンを見ながら柄を合わせたり、ねじれをデザインとして組み込んでいく作業にはかなり神経を使いました。
サンプルは私が製作したのですが、何度もやり直しをして時間はかかりましたがその分納得いくものができました。
--- それを自分たち自身で検証できるところは強みですよね。
定兼
私たちの作品はパーツ数が多い上にパターンも複雑なので、こういった柄物は特に時間がかかります。
他にも定番のカーブデニムパンツは毎回シルエットは維持しながら、ダーツや切り替えを毎シーズン変えているので「同じものを違うテクニックで表現する」のは苦労しました。
ありがたいことに製作してくださる縫製職人さんたちは綺麗に形にしてくれますし、私たちの要望にも答えてくれているので、感謝しています。
---
シルエットや色の使い方に変化が出たことで、今までよりもテイストに幅があるという印象を受けました。
この辺りはどのようにお考えですか?
立石
表現の幅については私たちの哲学に基づいた範囲内で広げていくことを模索しながら製作しています。
この春夏は素材感やシルエットによって、抜け感があるようなものが多くあります。
ショートパンツは今までで一番太いバギーシルエットにしたりとか、今までのイメージとはすこし違う表現できたので、ブランドとしての幅は広がったんじゃないかなと思います。
私たちの土台になっている哲学は変えずに、今まで作り上げてきたイメージを継続しながら、同時にそれに縛られすぎてはいけないという思いがあります。
一見矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、ブランドとして進化をしていかないと駄目ですから、そういう意味では表現も幅を広げていければと思っています。
コロナ禍で気づいた自分たちの存在意義。
新型コロナウイルスの影響は特に制作の現場に大きく響いた。
--- パリ展示会も中止になり、実際に発表する場がなくなったことで、発表はどのようにされたのでしょうか?
定兼
今回はオンラインの展示会形式で発表しました。
取引先には、生地のサンプルと作品の資料を送りましたが、やはり実物を見れないかという声を多くいただきました。
この状況ではどうしようもないことなのですが、やはり実物を見てきて触ってもらわないと伝わらないところが多いということを痛感しました。
ただポジティブな面でいうと、オンラインのリモートでも発表の場としては十分機能することがわかったので、選択肢の一つとしては非常に有益だということが認識できました。
--- 今回のコレクション製作において、社会の現状にも影響があったと思います。
定兼
現在は一時期に比べると少しづつ元通りにはなってきていると思いますが、製作の環境や現場の状況は大きく受けていました。
色々な方に話を聞いていましたが、生地メーカーさんや縫製職人さんは影響を受けていない人がいなかったです。
実際に工場を一時休業したり、休みを増やしたり、というのはありましたし、中には廃業された方もいらっしゃいました。
ただ、逆にこういう状況だから、新しいことをやってみようと提案してくださる方々もいて、そのおかげで新しいものを作れたりというのはありました。
大変な時期であってもお互いに助け合っていける関係を築けていたので、もしこれがビジネスだけの、電話越しだけの関係だったらこういうことにはならなかったかなと思います。
やはり顔を合わせて話をするということを積み重ねてきて良かったなと感じました。
--- 現状の環境に対する思いは作品にも現れていますか?
定兼
意識したことはなかったのですが、少なからず反映されていると思います。
今回のコレクションではミリタリーのディテールを含めて、アクティブなアイテムが多いのも、コレクションを作り始めた3~4月には新型コロナウイルスの影響で世界が混乱している状況でしたので、今思えばその中で生き抜いて行かないといけないというイメージが多分にあったのではないかなと思います。
立石
製作に携わる姿勢については特にこの春夏は、私たちを取り巻く状況に対する反動が出たコレクションだと思います。
コレクションを製作していた2月から4月は明日どうなるのか全くわからない状況でしたが、私たち自身、停滞している現状に迎合するようなものづくりは手に取ってくださるお客様に対する裏切りだという思いがあるので、私たちなりにやれることを精一杯やろうということで製作にあたりました。
--- 今後はファッションを取り巻く世界はどのように変化していって欲しいですか?
定兼
全てがコロナ禍以前の状態に戻ることが理想ですが、実際にそうなるのかも、どれくらい時間がかかるのかも分からないのが現状です。
ただせめて今よりもファッションを楽しめる世界になって欲しいと思っています。
自分のかっこいいと思う服を着て外に出ることは何歳になっても楽しいことですし、特に男なら誰しもそういう気持ちは持っていると思います。
そうなった時に、それを思い切り楽しめるように、私たちは作品作りを続けていくつもりです。
立石
生活環境も変わりましたし、その影響はこれからも色々な形で現れてくるのではないかと思います。
ビジネスとクリエーションのバランスももちろん大事ですが、私たちのようなブランドはビジネス面に寄り過ぎてしまうことのないようにしたいと持っています。
こういう時だからこそ、楽しさや感動を与えなるようなものづくりをしていきたいですし、そういう考え方がブランドやこの業界を持続発展させていく一つの考えような気がしています。
お客さんを喜ばせる感動させるっていうのが私たちファッションブランドの仕事だというのは改めて認識できた気がします。
私たちにできることはそれしかないので、そういう風に感じてくれる方たちのためにこれからもかっこいいコレクションを作っていく、それに尽きると思います。