KLASICA デザイナーインタビュー Vol.2
「KLASICAらしさ」の秘密はどこにある?
ブランドの軌跡から見えてくる
服作りのスタンス
2022年05月10日

作り手の思想にフォーカスを当て、クリエーションの裏側に迫るデザイナーインタビュー。

今回はANNASTESIA 名古屋店で取り扱いのあるKLASICA(クラシカ)のデザイナー河村耕平(かわむら・こうへい)氏にお時間をいただき、全3回に渡るインタビューを行いました。

第2回はブランドとしての軌跡を振り返っていただくとともに、河村氏が大切にしている服づくりへのスタンスについてお話を伺いました。

KLASICA

「ファッションというよりも、スタイルを作り上げたい」というヴィジョンのもと、2006年から東京を拠点にクリエーションを続けるブランド。

「世界中のヴィンテージウェアや、各時代を代表するようなモードファッション、アートなど様々なジャンルや思想、時代背景などの要素をミックスした服作りが特徴。確かな個性を持ちながらもあくまで「着る人が主役になるスタイル」を提案している


ANNASTESIA NAGOYAを拠点に販売員として店頭に立つ傍ら、メディア編集者として活動している。


「ビル街でも自然の中でも馴染む洋服を」KLASICAの“絶妙なさじ加減”の秘密

--- 第1回の最後に「KLASICAらしさを大切にしている」というお話をしていただきましたが、らしさはあるのに他のブランドの洋服とも合わせやすいのもKLASICAの魅力だと思います。
この絶妙なさじ加減は、意識的なものなのでしょうか?

そうですね、あまり主張がうるさくなりすぎないようには注意しています。


例えば大阪の梅田駅や東京の新宿駅のような都市圏を歩いているときでも、あるいは秩父の山や京都の神社仏閣を歩いているときでも、悪目立ちせず、馴染んで見えるような洋服を目指していて。


他のブランドとのスタイリングにしても、僕自身はヴィンテージもモードも好きな世界なので、両方の洋服に違和感なく似合うようなものを作りたいと思ってデザインをしています。

--- 実際、弊社のお客様の中にもKLASICAと他のブランドを上手にミックスされている方がたくさんいらっしゃいます。

嬉しいですね。


実際、古着やヴィンテージが好きな方がKLASICAの洋服を着てくださることもあれば、Yohji Yamamotoの黒づくめの洋服を着ている方が気に入って選んでくださることもあります。


そういったものの中間の立ち位置にKLASICAが作る洋服があるのだとしたら、本当に嬉しいです。

--- KLASICAらしさの源は、使われている生地にもあるのではと感じています。生地選びをする際に大切にしていることはありますか?

もともとヴィンテージの服を見ていたこともあって、劣化していくよりも経年で雰囲気が増していく素材が好きなので、化学繊維は極力使わないようにしています。


ただ化学繊維を完全否定しているわけではなくて、ウール90%・ナイロン10%の生地のように、耐久性を高めるための最低限の化学繊維は必要だとも思っています。


--- 生地はどういったところから調達しているのですか?

日本全国の主要産地、つまり静岡県、岐阜県、愛知県、和歌山県、岡山県など各地のメーカーとやりとりをさせていただいています。


--- ビジネスパートナーを決めるにあたって、河村さんの中で何か基準などはありますか?

自分の感性と合う相手かどうかですね。


生地も洋服と同じで展示会があります。そこで生地屋さんの定番品番や新製品のサンプルを見て、使っている糸のタッチや色のトーンから、自分が良いと思うものと相手が良いと思うものが近いのかどうかを判断するんです。


「今まで一番嬉しかったのは“1着目”が売れた時」KLASICAの軌跡

--- ブランド立ち上げからの15〜16年の中で、一番嬉しかったことは何ですか?

自分の手で作ったリメイクものの1着目が売れたときですね。ウールかカシミヤのごく普通のクルーネックニットにカットを入れて、着たときの見え方が全然違うようにリメイクしたものでした。


二人組のお客様がいらっしゃって、そのうちの1人が「すごく欲しい」と言ってくれたんですが最初は迷っていたんです。


でも連れの方が「こういうものはすぐにブランド化して高くなるから、今のうちに買っておかないとダメよ」と言ってくださって。


欲しいと言ってもらえただけでも嬉しかったのに、そんなふうに言ってもらえてさらに嬉しかったのを覚えています。

--- その方にとっては、ちゃんと評価されたら高くなるようなものだと思ってくださったわけですからね。

そうなんですよ。


--- では、逆に一番苦しかったことは何ですか?

苦しかったというか困ったのは、ホールセール(卸売)が始まった時に、すでに受注済のアイテムの材料が思うように集まらず、必死になって都内の古着屋さんを回って材料を仕入れていたときですね。


当時はまだリメイクものが中心だったので、古いミリタリーウェアをまとめて手に入れなければならなかったんですが、インポーター(輸入業者)のところに行ったら「え、河村さんそれ今ないですよ!」って言われてしまって。


「いつ入るの?」と聞いたら「少なくとも半年かかるけど、入るかどうかわからない」という返答だった。

--- 血の気が引くようなお話ですね。

最初の取引は信頼が第一。せっかく受けたオーダーを「すみません、納品できません」なんて言えば「じゃあもういいよ」と言われてしまいます。


なんとしても納品しなければと思い、採算度外視で古着屋さんに売られている目当ての材料を買い集めて回ったんです


納期に間に合わせるために、自宅から離れた公園まで行って、夜通し服にスタッズを打ち込んだりもしましたね(笑)。作業中に突然ミシンが壊れたこともあったなあ……。

--- 現在KLASICAは河村さんご夫妻とFLAGSHIPSHOPのスタッフの方の3人体制だとお聞きしましたが、当時はどんなチームで服作りをされていたんですか?

今とほぼ変わりません。僕と妻でお店とブランドを始めて、途中からパターンを引ける子がアルバイトで入ってくれたくらいです。その子も今は独立して自分でブランドをやっていますし。

--- 奥様はもともとファッション関係の方だったのですか?

いえ、前職はキッチンのシェフです。でもお店とブランドを始めた当時、僕はまだアパレルの会社に社員として在籍していたので、ずっとお店にいるわけにもいきませんでした。


だから彼女に「お店借りちゃったから面倒みて欲しいんだけど……」と言って半ば強制的に一緒にやってもらうことになったんです(笑)。

--- すごい見切り発車だったんですね(笑)。そうやって15〜16年服作りを続けてこられたわけですが、初期の頃と今を比べて一番変わったのはどんなところですか?

初期はモノだけを見て作っていましたが、今はコレクションというか、全体を俯瞰してモノを考えるようになりました。


モノで完結していたところから、全体像で伝えるというやり方にちょっとずつ変わっていったんです。


--- モノを作る難しさと、コレクションを作る難しさは違うものですか?

モノを作る時って、思いついたアイデアを突き詰めていくだけで作業が完結します。でもコレクションを作るときは、アイデアを集積させてデザインにまで昇華させなければなりません。


アイデアからもう一つ抽象的な段階まで思考を進めないとコレクションにはならないんです。


だからモノからコレクションに服作りの重心が移ったことは、この15〜16年ではかなり大きな変化だと思います。

思い入れのあるコレクション・アイテムについて

--- 今までで印象に残っているコレクションはありますか?

2009SSに"WANDERING"というテーマで作ったコレクションですね。


このコレクションを作る前にずっと行ってみたかったモロッコに旅行したんです。民族衣装を始め、憧れていたものを散々見て帰ってきたあとだったので、ノリノリで作っていたのを覚えています。


「よっしゃ、やるぞ!」みたいな感じで。

--- どんなコレクションだったのですか?

直球の民族衣装のノリで作ったサルエルパンツに、オーソドックスなテーラードジャケットを組み合わせたスーツを提案したりしました。


ただちょっとそういうことをするのが早かった。展示会で自信満々に「すごくカッコいいと思うんです」と言うんですが、バイヤーの方には「ちょっとわからないなあ」と言われてしまったりして(笑)


でもCOMME des GARCONSなどが好きなバイヤーの方からは「あそこも昔からこういうノリの服を作ってるんだよね。


河村さんが作ったのも可愛いね」なんて言ってもらえることもありました。


良い意味で賛否両論あって、楽しいシーズンでしたね。

--- KLASICAはコレクションだけでなく、アイテムにも名前をつけられていますが、思い入れのあるモデルはありますか?

昔作っていたGRACHTというパンツですね。デザインのもとになったのは、オランダのアムステルダムのマーケットで買った、どこの国のものかもわからず買ったミリタリーパンツでした。


GRACHTというのはオランダ語で運河という意味なんですが、そのマーケットにもGRACHTという名前がついていて、ネーミングもそこから取りました。


--- GRACHTはどんなパンツだったのですか?

シルエットはワイドストレート、サスペンダーボタンと太くて短いベルトループに、バックシンチと右後ろに大きなヒップポケット、前はボタンフライ。リベットは使わず、閂止めを採用していました。


生地はデザインソースになったパンツの風合いを再現したいと思って、生地屋さんに現物を持ち込んだんです。もともとオリーブドラブだったはずの色が着古されてほとんどグレーになっているような生地でした。


最初「これを再現して欲しい」と言ったら、「同じような生地で新しく作っても似たような風合いにならない」と言われてしまったんです。何とかできないかと考えていたところ、先方が「こっちの生地の裏面を使えば近い雰囲気が出せるかもしれない」と提案してくれて。


結果、向こうの提案通りにお願いして最後に製品染をかけて色あせた雰囲気を出すことに成功しました。GRACHTは気に入って、そのあとしばらく毎シーズン生地を変えて作っていましたね。

コロナ、サスティナブル、エシカル……河村氏の服づくりへのスタンスとは?

--- コロナ禍になり、アパレル業界は大きく変わろうとしています。コロナ禍はKLASICAの服作りに何か影響を及ぼしましたか?

シーズンで言うと、2020SSから世間的にコロナの影響が大きく出始めました。そのシーズンは世界中の色々なお店が営業をストップさせているような状況でしたが、それでも私たちは次のシーズンのコレクションを提案する必要がありました。


そこで僕は2021SSを2020SSのサルベーション(救済)とするようなコレクションにしようと思ったんです。


1シーズン限りの「KLASICA UNIFORM SERVICE」という新ブランドを立ち上げた、という想定で今までやっていなかったデニムだけで構成するコレクションを展開しました。


--- なぜデニムだったのですか?

デニムのアイテムなら、これまでのコレクションとも合わせられるだろうし、次回以降のコレクションとも合わせられると考えたんです。


2020SSの全アイテムが世界各地で売れ残ってしまう最悪の事態もあり得る状況でしたから。


--- 2021-22AW、2022SSのコレクションには影響がありましたか?

2021-22AWを作る頃には状況が好転する希望があったので、比較的いつも通りの服作りをしました。


2022SS、この前の夏に展示会が終わった分については、多くの人がもうあまり外を出歩かなくなるのではという予感から、家でもファッションを楽しめるような着心地を重視したコレクションを意識しましたね。


--- コロナ禍になってから、アパレル業界ではサスティナブルやエシカルといった言葉がキーワードになってきましたが、KLASICAはこれらにどう対応していますか?

もともと天然素材が中心のブランドなので、作るものに大きな影響はありません。ただ細かい変化はあります。


例えばボタン。メンズのボタンだと水牛のツノを使ったボタンが最上級だとされていますが、取引をしているボタン屋さんに「このボタンのメーカーはどんな方法でツノを確保しているのですか?」と聞いたところ「わからない」と言われてしまって。


水牛なので基本的には農業のために頑張っている牛のものを使っているとは思うのですが、真実が分からない以上は乱獲して無理に確保しているものではないという保証もありません。だから今は水牛ボタンを使わず、ナッツとシェルのボタンを中心に使っています。

--- プラスチックボタンも使わないのですか?

使わずに済むようであれば使いません。ただし、製品洗いをかける際にどうしても天然素材では強度が足りないという場合は、やむなく使うこともあります。


あとKLASICAでは納品の際に使っていたハンガーを使わない納品スタイルに移行中です。


--- なぜですか?

ハンガーの耐用年数に対して、実際に使用される時間が短すぎるからです。


工場から僕たちのところに送られてきて、そこから各ディーラー様に送られると、たいていはそのタイミングで廃棄されます。あまりにもったいないので、使うのをやめました。


商品のライフサイクルがアパレル業界にとって、サスティナブルやエシカルに注目が集まるのは良いことです。


ただ、キーワードがファッション化すれば消えていくのも早くなります。そうならないよう、キーワードを哲学のまま堅持していくことが大事なのではないかと思っています。

--- 確かにそうですね。アパレル業界の潮流が変わることを願っています。

最終回となる次回は河村さんのインプット方法などを始めとするクリエイションの源泉に迫るとともに、2022SSコレクションについても伺っていきます。

河村さん、引き続きよろしくお願いいたします。


次回
クリエイションの源泉と
ファッション観
そして2022SS COLLECTION “GLANCE”について