The Viridi-anne 26SS
デザイナーが語る「価値のない古着」の美学
25-26AWシーズンで自らの原点である「2008年」と向き合ったThe Viridi-anne。
続く26SSコレクションでは、その探求をさらに深め、新たな境地へと足を踏み入れている。AWで見せた構築的な側面とは異なり、SSではよりリラックスした「抜け感」が際立つ。デザイナー岡庭智明氏が目指したのは、ヨーロッパの街角で若者たちがセンス一つで着こなす「価値のない古着」が放つ、気負いのない格好良さだ。AWコレクションとの違い、そして今季にかける特別な思いを、デザイナー自身の言葉で紐解く。
1963年長野県生まれ。東京造形大学で絵画を学んだ後、創作の対象をアートから衣服へと移し、独学でパターンメイキングと縫製を習得。1987年に前身となる「Caterpillar Produit」を設立し、レディースウェアを中心に展開。デザインから縫製まで自身で手がけ、アンダーグラウンドシーンで活動していた。
その後、「本当に自分の着たいものを作りたい」という純粋な思いから、2001年にメンズレーベルとしてTHE VIRIDI-ANNEをスタートさせた。
AWからの進化 — 構築からストリートの空気へ
本日はありがとうございます。AWシーズンに引き続き、26SSでも「2008年頃」がキーワードになっていますね。AWと26SSでは、このテーマへのアプローチに違いはあるのでしょうか?
根本的な部分は同じです。25-26AWではその時代の、少し構築的でアルチザナルな側面を現代的に表現しました。パターンを面白くしたり、素材で主張したり。それに対して26SSでは、もう一つの側面を強く意識しました。
もう一つの側面、ですか?
はい。私が若い頃に写真で見た、1990〜2000年ごろのヨーロッパのストリートの空気感です。例えばアンドゥムルメステールやヴェロニク・ブランキーノのような、アヴァンギャルドなブランドが出てきた時代。彼らの服そのものというより、そういう服を若者たちが自分たちの感覚で着崩している、あの完成されていない雰囲気にすごく惹かれるんです。
ハイブランドの提案を、ストリートがリアルに消化していた時代ですね。
そうです。価値もないような古着を拾ってきて、センスだけで格好良く着こなしている。そういうイメージですね。
2008年頃のThe Viridi-anneが持っていた少し癖のあるデザイン性と、あの時代のヨーロッパのストリート感をミックスさせたい、と考えたのが今季の出発点です。AWの構築的なアプローチとは真逆で、パターンはできるだけシンプルに、着た時のシルエットや「抜け感」を大事にしました。
「頑張らない格好良さ」を宿す、デザイナーの視点
25-26AWは重厚な素材も印象的でしたが、26SSは全体的に軽やかですね。
「毎日着たい」と思える服、着ている時に頑張っている感じが出ない服が良いなと。具体的なアイテムで言うと、最初に出てくるレザージャケットですね。
これはまさに、「価値のない古着屋にありそうな一着を、ストリートの子が拾ってきて羽織っている」というイメージそのものです。5年、10年と着込んだような風合いを加工で表現していますが、元々は誰も気にしないような、ごく普通のジャケット。そうした気負いのない格好良さを表現しました。
ナイロンフーディーも定番ですが、今季は特に表情があります。
The Viridi-anneのイメージの一つに、タクティカルな雰囲気のナイロンパーカーがあると思っていて。一時期はシームテープを使った本格的なアウトドアウェアの作り方に寄せたこともありましたが、やはり私たちに馴染むのは、製品染めや加工で独特の味を出したものです。
今季は、真っ黒な生地をあえてもう一度黒で後染めして、より深い黒を追求しました。もう一色は、ユーズド加工を施して、何年も着込んだようなムラのある黒に。これは個人的な分も用意したほど気に入っています。
今季はセットアップの提案が非常に新鮮でした。特にコットンテンセル素材のカバーオールとバギーパンツの組み合わせは、ルックでも多用されていて目を引きました。
この素材と、このセットアップの組み合わせが、今季私が一番気に入っているスタイルです。このコットンテンセルという素材は、最初は硬いんですが、加工を施すことで、肉感はありつつも柔らかくて少し落ち感のある、絶妙な風合いになる。この素材の魅力を最大限に生かしたかったんです。
ルックでは、ジャケットのインナーに何も着ずに素肌で合わせていましたね。
そうなんです。あれがまさに、私が表現したかった「1990〜2000年頃のヨーロッパのストリートの若者」のイメージ。おじさんが着ていそうな作業着を、無造作に、ラフに着ている感じ。ベルトもただ巻いているだけで、バックルもない。あの気負いのない感じがすごく良い。
このパンツは自分用にサンプルを2本作って、パリの展示会でずっと穿いていました。もちろん、ジャケットもオーダーしています。
アル・ヌーヴォーとニットの美学
ビアズリーに捧ぐ刺繍
刺繍を施したシリーズも、ここ数シーズン印象的です。今季の着想源はどこから得たのでしょうか?
この春に、オーブリー・ビアズリーという画家の展覧会に行ったのがきっかけです。彼は19世紀末のアル・ヌーヴォーの時代の画家で、20代の頃から好きだったんですが、その退廃的で美しい世界観に改めて心を動かされて。
そこからアル・ヌーヴォーの柄を色々と調べていく中で、中世の壁紙のような、少し古めかしい雰囲気の柄を刺繍で表現したら面白いんじゃないかと。2000年代のファッションという文脈で言うなら、昔のドリス・ヴァン・ノッテンのような雰囲気も少しあるかもしれませんね。
計算された「だらしなさ」:ローゲージニット
ローゲージのニットも独特の雰囲気がありました。
あれは、あえて「だらしない」というか、「ちゃんとしていない感じ」を狙っています。個人的にはすごく気に入っているんです。なんだったらお母さんのお下がりだったかもしれない、くらいの雰囲気。
ファスナーの部分だけが縮んで、他の部分がだらんと伸びてしまっているような。そういう計算された“だらしなさ”が、私の言う「抜け感」に繋がります。
縁が紡ぐクリエイション — インヒールシューズ、再び
KIDS LOVE GAITEとのパートナーシップ:インヒールシューズ
そして、KIDS LOVE GAITEとのコラボレーションです。AWのブーツに続き、SSではインヒールの短靴が登場しましたね。
これは非常に気に入っています。ただ、高価なので売れるかどうかは分かりませんが(笑)。AWのブーツがすごく良かったので、SSでは短靴をお願いしたいと。ブーツのようなボリューム感ではなく、今回は「もっとシュッとした靴がいい」と伝え、木型から一緒に選んでいきました。
この美しいフォルムは、一枚の革で作られているように見えます。
その通りです。「せっかくインヒールなのだから、踵まで一枚の革で包み込むように作れないか」とお願いして、踵の縫い合わせ以外、継ぎ目のない一枚革で作ってもらいました。これが本当に良くできたと思っています。
過去のインヒールは、下に向かって細くなるデザインだったので少し不安定だったんですが、今回はヒール部分で一度フレアさせて広げることで、安定感と現代的なデザイン性を両立させています。
風景を纏う:全面プリントTシャツ
全面プリントのTシャツや小物類にも、シーズンテーマが貫かれているように感じました。
Tシャツは、まさにおっしゃる通りです。あれも2000年代当時のアヴァンギャルドなブランドでよく目にした手法でしたが、最近あまり見ないなと思って。ただ、うちがやるなら、写真そのものというより模様に見えるくらいが良い。
そこで、長年うちのルックを撮ってくれているフォトグラファーの江田さんに相談して、彼のプライベートな作品の中から、森や川の風景写真を使わせてもらったんです。
ジャケットを羽織った時に、風景なのか模様なのか分からない、そんな曖昧な見え方を狙いました。
キーホルダーやベルトといった小物も、とにかくダラダラと垂らすことで、コーディネートの中に「気にしていない感じ」を出したかった。どんな小さなアイテムにも、今季の空気感を込めています。
インタビューを終えて:正直なものづくりを続ける
ありがとうございました。AWからSSへと続く物語を伺い、ブランドの哲学がより深く理解できたように思います。
そう感じていただけたなら嬉しいです。根本にあるものは変えずに、これからも自分たちが格好良いと思うものを、正直に作っていきたいですね。
なぜ今、2008年なのか?
THE VIRIDI-ANNEの哲学と物語が交差する
25-26AWコレクションの深層
この記事を書いた人
Interviewer & Text: 森崎 徹 (FASCINATE)